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January 08, 2005

昆虫食文化

我が職場には長野県出身者が多く、時々長野県出身者で懇親会をしますが、その折りに必ずでるのが「昆虫食文化」の話題です。以前、長野県の東京事務所の人も交えて懇談したときにもこの話で盛り上がりました。

上田・佐久地方のあるOB(今は国会議員をされています)は、「俺の地域ではゲンゴロウを食する文化があり、お祝いの時には、ボール一杯のゲンゴロウを茹でたものが出されたこともあった。大学入学で東京に出てきたとき、ゲンゴロウが空を飛んでいるのを見て驚いた(これはゴキブリと間違えたようです)」、と。

私が、「その飛んでいるゲンゴロウを、まさか、召し上がったわけではないですよね」といたずらっぽく聞くと、周りの人がワッと沸きました。その先輩は、少し顔を赤らめました。

同じ職場に飯田・伊那地方出身の後輩がいますが、飯田・伊那地方の人はよくザザムシを食するようです。ザザムシは「トビケラの仲間」「カワゲラの仲間」の幼虫で、幼虫期は水中に棲み、流れのゆるい浅瀬の石をひっくりかえすと彼らはそこにへばり付いて暮らしているあの虫です。高蛋白故にあのあたりの人は才気煥発で優秀な人が多いのかも知れません。私の後輩も、大分ザザムシを食べたのか、大変優秀です。

松本の方は、比較的豊かであったためか、あまり昆虫食の話は聞きませんが、それでも我々の子供の時には、イナゴを捕って食べていました。我々より前の世代は、学校行事でイナゴを捕るために生徒が一斉に田圃に出たこともあったようです。読売新聞にお勤めの高校の先輩と大糸線で豊科に帰るときにばったりお会いしたことがありましたが、列車の中でこの話をしてくれました。

更に、戦時中は、蚕の蛹も食したという話を聞きました。蚕の蛹は、ハングルでポンデギと言います。ソウルオリンピック前には結構ソウル市内にも屋台がありました。私もソウルの屋台で食べたことがありますが、独特の臭いがあり
少し気になりましたが、味わいがありました。ソウルオリンピックを機に、余り見られなくなったのは残念です。

ところで、過日、松本市の坪田助役さんからは、戦時中はカマキリのはらわたを取り除いたうえで食べたことがあるという話も伺いました。これには流石に驚きました。

長野市出身のOBは、「そう言えば、昔親戚の家に行ったときに、ミズスマシをフライにして食べているのを見たことがある。沢山あつめればあんな小さいものでも食べられるんだね。俺は食べなかったけれど」という話をされておられました。

貧しければ貧しいなりに、いろいろ工夫して生きぬく術を信濃の先人達は編み出してきたということでしょうか。しかし、こういう話を余りよそで言うのは止めようという話に、自然となりました。


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