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December 23, 2004

佐藤一斉先生の「重職心得箇条」

最近は出席できていませんが、以前、張養浩という宋の学者で元に仕えた人が書いた為政三部作(別名三事忠告)という、役人の心得を綴った教養書を読み進める会に入って時々勉強しておりました。講師は安岡正篤という陽明学者の子供で安岡正康という人です。

その勉強会で、佐藤一斉という美濃岩村藩の学者の書いた「重職心得箇条」の紹介が有りました。小泉総理が当時の田中真紀子外務大臣に読むようにとその一部をコピーして渡したことが一時期話題になったものです。

江戸時代に、美濃岩村藩でこれを作り、日本の藩で結構有名になり、藩士教育に使われたようです。それが明治になり忘れ去られ、大正時代に至り、偶然東大図書館で発見され、それを、安岡正篤先生をはじめとする学者が広めたものだそうです。小泉総理も昔からの愛読書で、田中大臣に勧めたようです。

その第2条が話題になったところです。文語でなく口語訳がありますので紹介します。

「大臣の心得として、先ず部下、諸役人の意見を十分発表させて、これを公平に裁決するのがその職分であろう。もし、自分に部下の考えよりもよいものがあってもさして害のない場合には部下の考えを用いる方が良い。部下を引き立てて、気持ちよく積極的に仕事に取り組めるようにして働かせるのが重要な職務である。また小さな過失にこだわり、人を容認して用いることがないならば、使える人は誰一人としていないようになる。功をもって過ちを補わせることがよい。またとりたて偉いという人がいないとしても、その藩毎に、それ相応の人はいるものである。えり好みをせずに、愛憎などの私心を捨てて、用いるべきである。自分流儀のものばかりを取り立てているのは、水に水を差すというようなもので、調理にならず、味も素っ気もない。平生嫌いな人を良く用いることこそが腕前である。この工夫がありがたいものである。」

なかなか、味わいのある教訓です。田中大臣は、「小泉さんの帝王学でしょう」と取りあわなかったようですが、残念
なことです。我々自らもなかなかできないことかも知れませんが。

長野県で、公共事業の問題から始まり少人数学校の問題、住所問題、温泉の白濁問題、合併問題など執行責任者と周囲が随分騒ぎになっていますが、佐藤一斉先生の書物を執行責任者の方にお読みいただくことをお薦めしたいと思います。

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