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December 21, 2004

友の死

今年は、友の訃報に接する機会が結構あった年でした。入院した父親の見舞いに帰省したおりに、高校時代の友人の訃報に接しました。昼にご自宅に弔問に伺いました。安らかな眠りにつかれておられました。

奥様やご両親と話しましたが、2ヶ月ほどの入院生活であったそうです。この2年ほど忙しく、人間ドックにかからず、直腸の腫瘍の発見が遅れ、残念な結果となったそうです。

高校時代のことをお母さんが話してくれました。中学の共通の友人の某君に、「おい、深志高校で会おうな」と言われ、深志高校の存在を知り、正門からの建物の威容に憧れ受験を決意したそうです。クラブ活動の吹奏楽のこと、某君らの中学の友人のこと、当時苦労していた県行政との係わりなど、お母さんは亡き息子のことを話しておられました。

実は、彼は、学校の先生でした。このところは、教職員組合活動が忙しく、県知事の厳しい給与カットに対する組織闘争などに苦労されていたようです。お母さんも、そのことをしきりに言っておられました。東京にも頻繁に上京していたそうです。

子供さんはお嬢さん二人。明るいよいお嬢さんです。奥様も教員ですので、生活は一応安定しています。ご両親と一緒の生活で、このようなときには、こういう3世代の居住形態は安全ネットになっているようです。

山登りが好きで、何日も連絡がないことがあり、ヘリが飛ぶたびに、お母さんはビクビクしておられたようです。

守り刀を体の上に置き、本当に静かな表情でした。前日まできちんと意識があり、亡くなった当日は、眠ったままお亡くなりになったそうです。

私の親父のように九死に一生を得た年輩者がいるのかと思うと、彼のように、働き盛り人が天に召されるということがあり、生命の女神の気まぐれさを今更のように感じます。

そうこうしているうちに、役場の知り合いからメールが来ました。昔の仕事のよしみでメール交換をしている仲ですが、亡くなった友のことが書かれていました。

実は、亡くなる日の前日、郡(南安曇郡)内の消防ポンプ操法・消防ラッパ吹奏大会が開催され、ポンプ第1部・2部、ラッパ吹奏の3部門において優勝し、開催する県大会に出場が決まったようです。

この大会に参加するについて、ラッパ吹奏の講師にある元教師にお願いしているのですが、その元教師も高齢で講師の交代ということで、彼を説得しようとの矢先であったとの話のようだということでした。彼とその元教師は知り合いだったとのこと。

元教師曰く、「音楽に熱心で特にトランペット自ら演奏し、ラッパについても熱心であった」とのことで、これから、町の消防団について色々お願いしようとしていた矢先で、非常に残念だと。

実は、その元教師の先生は、私の出身の小学校で隣のクラスの担任だった人です。合唱団の顧問をされておられ、私もいろいろお世話になりました。今は73歳だそうです。奇遇なことでした。

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