« 地震予知の先駆者今村明恒博士 | Main | 江戸期以降の建物防火対策の歴史 »

December 23, 2004

宇沢弘文先生の「経済学と人間の心」

宇沢弘文先生の「経済学と人間の心」<東洋経済新報社>を読む機会がありました。

宇沢先生は私の大学生時代に経済学部におられたはずで、名前は知っておりましたが、実際にこの方の書いたものは読んだことが無かったので、簡単そうなものを図書館で借りてきました。

本はいろんなところに書いた論文、随筆などを編集したものですが、内容は自らの来し方を振り返り、巨視的な観点からものをみようとしてきた1人の老経済学者、というか思想家の信念を垣間見たような気がしました。

圧巻は、ローマ法皇から1991年に100年ぶりの回勅を出すので意見を聞きたいとバチカンに呼ばれた経緯です。

1891年、時のレオ13世が「レールム・ノヴァルム」(新しいこと、という意味)を発出し、当時世界の先進工業国が深刻な問題を抱えている中で新しい20世紀に向かってよりよい世界を作るための心がまえを示したのだそうです。その基本的考え方は、そのサブタイトルの「資本主義の弊害と社会主義の幻想」という言葉に端的に表れていたようです。

宇沢先生は、躊躇することなく、「社会主義の弊害と資本主義の幻想」こそが新しい回勅の主題にふさわしいと意見をし、結果的にそのとおりに回勅が作成され発せられたということでした。ローマ法皇から頼りにされる程の立派な学者なのです。

その宇沢先生は戦中戦後の日本の政府・軍部の態度を強烈に批判されています。第2次大戦中日本の軍人の死者は300万人近かったと推測されていますが、その大部分は病死または餓死であったと指摘、これが「国体」の名のもとに行われたことを強調されています。

一般に戦闘状態の終結に際し、政府と軍の指導者が降伏して戦闘状態を終結する交渉を行う際に最も優先度の高いこととされているのは戦闘に巻き込まれた一般市民、戦闘地帯に残された将兵をいかにして無事に本国に送り返すかであるが、日本軍の参謀本部、政府は戦争終結に当たり、国体を守ることを最も優先度の高いこととし、一般市民の犠牲がどれだけ大きいかについて配慮することは無かったということで、これが米国が廣島、長崎に原爆を落とす直接の要因となったとも指摘されています。

「国体」とは天皇制のことなのですが、宇沢先生、1983年に文化功労賞を受賞し、宮中に呼ばれた折、もともと天皇
制に批判的な考え方をお持ちの先生が違和感を持って参内し、受賞にいたるこれまでの業績を披露した際に、天皇陛下から、「君!君は、経済、経済というけれど、人間の心が大事だと言いたいのだね」と言われ、自らの問題意識を掘り起こされ、コペルニクス的転機となったと述懐されておられます。この一件で大の天皇ファンになられたようです。

「国体」を憎みながら大の天皇陛下のファンに早変わりされた先生は、長野県知事を激賞されています。

「中央政府の高級官僚、政党政治家、御用学者に対しては、常に懐疑的な姿勢を崩さない。ある学者がいんちき御用学者かそうでないかを見分けるのは至難の業だが、田中知事は極めて的確にこの見分けをすることができる。」「私は、50年以上の年月を大学で送ってきたが、いまだに、この見分けができないで悩んでいる。」「田中知事はすぐれた文学者としての資質を持っているからこのような識別ができるのだろうか、と訝ることがしばしばである。」「田中知事はあくまでも、冷静、かつ理性的にことを処理して、決して、主観的判断によって事を進めるということはない。」

宇沢先生のこの評価については、近くで仕えておられる県庁マンの意見を伺いたいところです。

読んでいて、これは経済学者の論文と言うよりも、1人の思想家の信念論集であると感じた次第です。

|

« 地震予知の先駆者今村明恒博士 | Main | 江戸期以降の建物防火対策の歴史 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/58165/2356933

Listed below are links to weblogs that reference 宇沢弘文先生の「経済学と人間の心」:

« 地震予知の先駆者今村明恒博士 | Main | 江戸期以降の建物防火対策の歴史 »