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December 19, 2004

ブリコラージュ

以前、銀座のフォーラムを覗いてきました。「新しい世紀の災害論」というフォーラムです。作家の池澤夏樹さんから面白い話を聞かせて頂きました。

・日本人には災害に関して「天譴論」(テンケンロン)とも言うべき概念がある。
・大正の関東地震の際にも「天譴論争」があり、人間の咎を天が罰したという説が論壇を賑わせた。
・これに対して、菊池寛は「地震でなくなったのはブルジョアよりもプロレタリアートが多いので、天遣論はおかしい」、芥川龍之介も、「天譴論が正しいのであれば、渋沢栄一などは先ず先に死ななければならない」などと述べていた。
・「天に代わりて不義を打つ」という戦争時の歌があるが、これも天遣論の一種か。今のブッシュ政権はこれに似ている。しかし、勝手に天に代わられては困るが。
・防災論は常に「金をかけて空振りでもよしとするか」あるいは「準備しないで大きな被害に遭うか」のせめぎ合い。
・今の社会は社会的分業体制が進み、徹底的に人間を甘やかし、自然に働きかけて加工し自らものを作り出せる人間が減り、いざというときの判断力が低下している。自然とのつきあい方も知らないで大きくなっている。その意味では非常に脆弱。
・阪神大震災の時も、行政に文句をつけるだけで何もしようとしない被災者の何と多かったことか。
・災害対応で重要なのは、「ブリコラージュ」という考え方。その場にあるもので間に合わせる、という考え方。料理に通じる考え方でもある。
・沖縄に住んでいるが、集落で全体清掃の時間がある。ここでは誰が命令するでもなく、何となく皆でカバーしあい、それなりに清掃が終わっていく。とくていの人が働きすぎるのはよくないとされる。皆が適当にさぼりながらやるのが歓迎される。働きすぎる人は他の人もさぼらせない雰囲気を作り敬遠される。

以上の趣旨の話でした。肩の力を抜いて防災をやることが長続きする、セカンドベストで出来ることからやるのがよい、という趣旨のお話しだと受け止めました。防災に限らず、何でも釈迦力にやると確かに長続きしません。ブリコラージュ、という言葉を確かにインプットしました。


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