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October 16, 2004

海からの贈物

10年ほど前に、職場の上司からリンドバーグ婦人の手による「海からの贈物」という本があり、大変示唆に富むので読んでみるとよい、と言われ、図書館で本を借りたことがあった。しかし、どうもその時は読んでもピンと来るものがなかった。最近本屋で文庫棚を何気なく眺めていて、改めてこの本が目に留まった。

購入して読んでみると、今回は前回とは異なり、非常に心に染み入る感覚をもてた。何だろうこの変化は、と。恐らく自分自身の年齢や意識の変化に関係があるのだろうと思う。
 リンドバーグ夫人は、一人になって自分自身を見つめ直すことの大事さを、一人きりの海岸での一週間の休暇中思いめぐらしながら語っている。不自由ではあるが、海辺での簡素な生活が自分自身をどんなに落ち着いた気持ちにさせるか、そしてそのことが自分自身を深く見つめ直す機会になることの意義を語り、薦めている。働き盛りの仕事本位の生活にはないものが人生の午後が始まる頃には待っている、知的で精神的な活動に時間を割けるのは、中年からの人生であるとも語っている。
 「我々の生活が引き潮になっている時に、どうすれば生き抜けるのか。」「浜辺にいるとそれが比較的に分かりやすい。引き潮の時には普段知らずにいるある別な世界が現れる。」「この待機の瞬間に、海の底の世界を覗く機会を与えられる。海が引いたこの静かな時間は実に美しい。」「潮の満ち引きのどの段階も、波のどの段階も、そして人間関係のどの段階も、意味があるということの思い出かも知れない。」
 海辺での潮の満ち引きを人生模様に置き換えて語るそのデリケートで深遠な語り口には、思わず溺れそうになる。リンドバーグ夫人の境地には到底至らないまでも、その感覚を共感できる年代になったことを悲しむのではなく、楽しむべきなのだろうと思えてくる。
 この本の翻訳は、故吉田健一氏で、吉田茂元首相のご子息だそうだ。大変分かりやすい翻訳で、練れている。
 最後に一点。ブレークの詩の引用がある。「喜びを自分のために曲げるものは翼がある生物を滅ぼすが、通り過ぎる喜びに接吻するものは永遠の日差しに生きる」という詩だ。リンドバーグ夫人は、「恐怖」が「翼ある生命」を滅ぼすと書いている。恐怖はその反対の愛によってでなければ追い払えない、心が愛で一杯になっていれば恐怖や疑惑が入り込む余地はない、と書いている。
50年ほど前の随筆であるが、「恐怖が恐怖を呼び悲劇の連鎖が広がっている」今の世情にもぴたりと当てはまる真理を述べていると思う。
 

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